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厚木神社







御祭神
須佐之男命
五十猛命
スサノオノミコト
イタケルノミコト
コトサカノオノミコト
事解男命
クシイナダヒメノミコト
奇稲田毘売命
オオナムチノミコト
大名牟遅命
ハヤタマノオノミコト
速玉之男命
イザナミノミコト
伊邪那美命



御祭神の須佐之男命(素戔嗚尊)は、
天照大御神の弟神として、日本の古代神話
『古事記』歴史書『日本書紀』に登場し
現代では、厄除け・災難除け、疫病退散、
五穀豊穣、ご縁結び、商売繁盛など
豊かな御神徳があるとされ
全国で広く崇敬される日本の神様。
八俣大蛇を草薙剣(草那藝之大刀)で倒し
奇稲田毘売命(櫛名田比売)を妻として
迎えた際に詠んだとされる
「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに
八重垣つくる その八重垣を」
は、『古事記』の最初に登場し
最古の和歌とも言われています。



アクセス
厚木神社
電話番号 046-223-7799
お車で246号線方面からお越しの際には
603号線➡43号線で
相模大橋(海老名方向)へ向かい
東町郵便局前の交差点信号を右に
曲がり(601号線)すぐに
左に見える細めの道へ曲がると
すぐに駐車場がございます。
(601号線沿いに鳥居が見えます。)


厚木インターチェンジからは
約8分程となります。


厚木神社社務所
神職が常駐しておりませんので
御祈願等をご予約の際には
まずはお電話にてご遠慮なく
お問い合わせくださいませ

鎮座地 神奈川県厚木市厚木町3番8号



平安時代から
郷土を鎮守する厚木神社
円融天皇の御代に
天皇代行の摂政職、藤原伊尹公により
勘定されたと伝えられています。
厚木神社の尊称は明治維新以降の名称であり
それ以前は「牛頭天王社」と称し
「天王様」と尊称され親しまれてきました。
千年を超えて

初宮詣や七五三詣、
毎年行われる御祭儀など
四季の折々や人生の節目に寄り添い
そしてこの地の日々を守り続ける神社です。






御神徳
厄除け、商売繁盛、家内安全、
病気平癒、悪疫退散、開運全般


御由緒沿革
平安時代、
円融天皇の御代(969~984)に
天皇代行の摂政、
職藤原伊尹(これただ)公により
勘定されたとされており
千年を超えて郷土を鎮守する神社。
最初の勘定の地は、
郷内西方の字、天王免の地であったと伝えられ、現在字、恩名境に石祠が
祀られ歴史をとどめています。


那須与一の伝承
源平合戦の屋島の戦いで活躍したとされる平安時代末期・
鎌倉時代初期の武将、那須与一。
「平家物語」では
─ 南無八幡大菩薩
我が国の神明、日光の権現、
宇都宮、那須の湯泉大明神、
願はくは、あの扇の
真ん中射させてたばせたまへ ─
と、目を閉じて祈り
遠くの小舟の上に揺れる
扇の的を見事に
射抜いたというお話で有名。
そんな弓の名手として名高い英雄の
那須与一も、眼病平癒を祈願したと言われています。

江戸時代になり
下野国烏山藩の所領となり、
神社脇に厚木陣屋が設けられたことから、厚木草創期より郷民の安寧と
政治経済の中心として
尊崇されていたことが伺われます。
「厚木神社」の尊称は、明治維新以後の名称であり、それ以前には
「牛頭天王社」と称され、
一般には「天王様」と尊称され
氏子の崇拝の念篤く
天王祭と呼ばれた例祭には
近郷より参詣の人々が列をなすほどであったと伝わっています。
明治元年の神仏分離令により
知音寺の別当を解き、
牛頭天王の仏名が廃され厚木神社と改称されました。
明治六年には
船喜多神社、熊野神社を合祀し
明治四十年には神奈川県より
神饌・幣帛料を共進すべき
郷社に列格されました。


歳旦祭 一月一日














